東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 物性・光化学講座

杉本研究室

これまでの主な研究成果

探針接近による単分子の化学反応
Nano Letters 20 (2020) 8339




有機分子における炭素原子と水素原子は通常、共有結合によって強固に結びついており、それを選択的に切断する活性化は化学合成における課題である。本研究では、芳香族分子の水素原子に金属探針を近づけることで、その水素原子が解離してナノグラフェンが形成されること明らかにした。この反応は熱エネルギーや電圧印加を必要とせず、探針の銅原子が水素原子に接近することだけで誘起された。この生成物は、金属表面上に吸着した有機分子を加熱したときに生じるナノグラフェンと同一であり、環化脱水素反応における金属の触媒効果を実証する結果である。このような特定原子の反応を誘起する精密操作技術は、これまでに合成不可能だった機能的なナノ物質を創成するための新手法となることが期待される。
氷表面の原子レベル観察
Science Advances. 6 (2020) eabb7986




氷の表面は、自然界における様々な化学反応が起こる場となることが知られている。一般的に、固体表面で起こる化学反応を正確に理解するには、表面構造を知ることが重要である。しかし、氷の原子スケールでの表面構造は明らかにされていなかった。今回、原子間力顕微鏡を用いることで、金属基板上に成長させた氷の表面構造を高分解能観察することに成功した。氷表面の水分子の一部は水素原子が表面から突き出す方向を向くが、そのような分子の数は理想表面で予想される数から半減していた。また、水分子の配列は理想表面から乱れていることが分かった。基板の種類や氷の膜厚などを変えても同様の構造が観察されることから、この構造が氷表面の真の構造であることが確認された。このような構造は、水分子間の静電反発によって生じていると考えられる。観察結果に基づいて表面構造モデルを構築し、水分子の六員環だけでなく、五員環や七員環を含んだモデルを提案した。氷表面の原子スケールでの構造が明らかになったことで、今回判明した構造に基づいた理論計算によって、氷表面での化学反応の反応経路がより詳細に理解されることなどが期待できる。
針先の1つの原子の元素同定
Nanoletters 20 (2020) 2000




走査プローブ顕微鏡(SPM)では試料を走査するために極細の探針が用いられており、探針先端の原子は画像のコントラストや各種スペクトロスコピーに大きな影響を与えます。今回、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて探針と表面原子の間に働く化学結合エネルギーを測定することで、探針先端原子の元素識別が可能であることを見出しました。本手法は室温、in-situで行うことができ、様々な元素に対しても有効である可能性があるため、構造が規定されたモデル表面だけでなく不規則な実材料表面に対しても原子スケールでの元素分析が適用できると期待できます。また、これまでは理論計算によるサポートが必要であったAFMによる単原子の電気陰性度測定に関して、本手法で識別された探針を用いることで、実験のみで電気陰性度を決定できることが初めて明らかとなりました。以上のように、探針の元素識別によってSPMデータの解釈が容易となるだけでなく、原子スケールでの化学分析、化学反応性分析の道が拓けたため、本研究結果は今後の材料探索や開発の分野において大きく貢献できると期待できます。
ニッケル表面上の水分子ネットワーク
Physical Review Materials 3 (2019) 093001(R)


ニッケルは合金、電池電極、触媒として多用される金属材料物質であり、その表面上への水の吸着はそれらの物性・反応を理解するうえで極めて重要な現象である。しかし、ニッケル表面上における水分子の濡れ層の構造は明らかにされていなかった。今回、高空間分解能の非接触式原子間力顕微鏡を用いることで、Ni(111)表面上の水単分子層の構造を解明した。単層膜内部の個々の水分子を画像化し、水素結合した水分子の5, 6, 7 員環から構成されていることを確認した。加えて、ステップ端に吸着した水分子はテラス上とは異なる配列の1次元ネットワークを構成していることを明らかにした。これらの配列は他の金属上で報告された水分子ネットワークと類似しており、金属表面上の水分子層における基本構造であることが示唆される。超高空間分解能での直接観察を様々な金属上の水分子層に適用することにで、濡れ現象の包括的な理解が進むことが期待される。
パウリ反発によるトルクで分子を押し倒す
Physical Review Letters 121 (2018) 116101





2つの原子が非常に近い位置にあるとき、原子は互いに反発し、遠ざかる向きにパウリ斥力が生じる。 分子同士の接近・衝突による運動・構造変化や、有機分子内の立体反発は、この原子間力によってもたらされている。 今回、2原子間に働くパウリ斥力を効果的に利用することによって、マクロスケールのスイッチと同じように、単一分子の配向を切り替えられることを実証した。 Cu(110)表面上の一酸化窒素(NO)分子は、直立構造と傾いた構造の2状態をとることが知られている。 原子間力顕微鏡の探針を接近させることで、直立構造のNO分子を傾いた構造に変化させることができ、このNO単分子が「最小のトグルスイッチ」として振る舞うことを示した。 原子間に働く力の精密計測とシミュレーションの結果、表面上のNO分子の先端の酸素原子と探針先端の原子との間にパウリ斥力が働き、それによって探針から遠ざかる方向に表面上のNO分子が押し倒されたことが分かった。 表面との結合部を支点として回転するようにNO分子に掛かる「トルク」が押し倒し時の重要なパラメータであり、マクロスケールのトグルスイッチとよく似た仕組みで押し倒されることが示された。 機械的刺激による分子スイッチのメカニズムを原子スケールで明らかにできたことで、より複雑な構造・機能を有する分子デバイスや分子マシンのメカニズム解明への道が開かれた。
ひずみを駆使した新型有機化学反応を、原子間力顕微鏡で追跡する
Nature Communications 8 (2017) 16089



炭素原子と水素原子から構成される「多環芳香族炭化水素」はアスファルトに含まれる成分であり、グラフェンやフラーレン、カーボンナノチューブなどの特徴的な炭素材料の原料にもなる有機分子である。その分子の骨組みを変える反応(転位反応)は、新しい炭素材料を合成する上で重要なプロセスであるが、これまでの有機化学合成手法では単一分子内の転位反応を選択的に起こすことは困難だった。そこで今回、平らな金属表面に吸着させて分子の構造を変型させ、そのとき生じた「ひずみエネルギー」によって化学反応を起こすという「ひずみで誘起する表面合成法」を開発した。立体的な形に設計した多環芳香族炭化水素を表面に強く吸着させて平面化させ、表面を穏やかに加熱することによって、大きな「ひずみエネルギー」を産み出して分子内部の転位反応を引き起こすことに成功した。原子間力顕微鏡を用いて1つ1つの分子の「炭素骨格」を観察し、反応前後の有機分子がどのような構造であるかを明らかにすることで、今回の化学反応が、これまでに報告例の無い新型の化学反応であることが分かった。分子ひずみと金属表面の触媒作用を効果的に利用した今回の化学合成法は、フラスコ内の反応では得られない機能的な炭素材料を産み出すための新手法となりうる。
単原子の電気陰性度を計測する
Nature Communications 8 (2017) 15155






二つの原子が化学結合を形成する際、電子を互いに均等に共有する場合は「共有結合」、片方の原子からもう片方の原子へ完全に電子が移行する場合は「イオン結合」となる。一般的には、酸化物などのほとんどの物質はこれらの中間である「極性共有結合」をとる。極性の大きさを決める「電気陰性度」は1932年にポーリングによって初めて具体的な式が与えられた。これまでは主にガスの反応熱のデータをもとに周期表の各元素に対して実験的に1つの値が定められていたが、今回、AFMを用いることによって、表面の個々の原子の電気陰性度を定量化することに初めて成功した。これにより、例えば同一のSi原子であっても、そのSi原子が周囲とどのように結合しているか、また、どの元素と結合しているかによって電気陰性度も変化することが実証された。本手法によって、周期表上の電気陰性度とは異なる、さまざまな化学環境下に置かれた元素の電気陰性度を測定することができるため、触媒表面上の原子や反応性の高い分子などの化学活性度への理解が進み、酸化チタンなどの機能性材料の更なる開発につながることが期待できる。
原子間力顕微鏡を用いた水分子ネットワークの直接観察に成功
Nature Communications 8 (2017) 14313






金属表面上に吸着した水分子は、分子同士が水素結合することで多彩なネットワーク構造を作ることが知られている。この水分子ネットワークがどのように成長するかを、原子レベルで理解することが基礎的にも応用的にも重要である。 今回、銅表面上に成長した「水のチェーン」をAFMにより観察した。有機分子内の結合手を可視化するのと同じ方法(超高解像イメージング)により、1つ1つの水分子が鮮明に可視化され、このチェーンが5員環で構成されていることを直接検証することに成功した。 さらに、今まで分からなかったチェーンの末端の構造等も原子レベルで明らかにすることができた。AFMが水分子ネットワークの局所構造を調べるための最も有力な手法になると期待できる。
Si原子とGe原子を識別する
Physical Review B 92 (2015) 155309



IV族半導体元素のなかでもSiとGeは化学的性質が非常に似ており混晶を形成することが知られている。また、SixGe1-xは組成比に応じて格子定数やバンドギャップを連続的に変化されられるうえ、様々なナノ構造(ナノクラスター、ナノアイランドなど)を形成するため、次世代半導体材料として非常に注目されている。SiとGe原子の分布はデバイスの動作性能に関わるため元素分析は重要であるが、これらが相互拡散によって混在した表面では走査トンネル顕微鏡や原子間力顕微鏡(AFM)による通常のトポグラフ観察ではSiとGe原子を識別することは大変難しい。そこで、本研究ではGe/Si(111)-7×7上でAFMによる化学結合力測定によってSiとGe原子の識別を試みた。その結果、Ge上に働く最大化学結合力はSi上での値の84%となることが分かり、化学的に活性なAFM探針を用いることで、これら化学的に似た元素の識別が可能であることが明らかとなった。また、濡れ層であるGe/Si(111)-5×5上においても本元素識別法が適用でき、最表面のGe層の中に微量のSi原子が存在することが判明した。SiとGe原子の識別法は、今後、産業上重要な様々なSiGeへ応用されると期待できる。
室温で単一の有機分子の骨格を視る
Nature Communications 6 (2015) 7766




原子間力顕微鏡(AFM)を用いると、有機分子内の結合手を可視化できる。これまで、そのような超高分解能な分子イメージングは極低温環境下で行われてきた。今回、光干渉方式を用いた高感度なAFMを使うことにより、室温でも有機分子内の結合手が可視化できることを初めて実証した。実験には、Si(111)-(7x7)表面に強く吸着するPTCDAと呼ばれる分子を用いた。また、分子イメージングのための探針を評価するために、PTCDA分子上とSi原子上とで相互作用力測定を行った。PTCDA上では弱い物理力しか働かないことがわかり、その結果、探針の活性度に依らず分子の超高分解能観察が行えることが明らかとなった。室温での有機分子の骨格の可視化は、今後、個々の分子の化学反応の観察につながると期待できる。
2つの物体間に働く静電気力を精密に測定
Physical Review Letters 61 (2015) 246102




2つの物体を近づけると、万有引力、ファンデルワールス力、静電気力、化学結合力など様々な力が働く。それぞれの力の起源を理解することは、物理や化学の基本的な課題である。多くの場合、様々な力が混在しているので、その中から目的の力の成分を抽出することが、重要である。今回、2つの物体間の力として、多くの場合支配的となる静電気力を抽出する方法を見出した。探針と表面の間の微弱な力の測定には、カンチレバーが利用される。カンチレバーを共振させて、周波数の変化から力を検出することが行われてきたが、周波数の変化は力の勾配にのみ感度があり、距離に依存しない力を検知しない。そこで、カンチレバーと表面に、振動と同期したパルス電圧を加えることによって、静電気力がカンチレバーにする仕事を測定することによって、静電気力を精密に測定することに成功した。この技術により、カシミア力や、重力などの微弱な力の精密測定が可能になると期待できる。
ナノスイッチを原子操作によって創製し室温で動作させる
Nature Communications 5 (2014) 4360





単一の原子や分子をナノスイッチとして動作させる方法が数多く提案されている。しかし、そのほとんどが極低温環境を必要としていた。実用上重要な室温環境では、素子が熱的に不安定になり、スイッチ制御が難しくなり、一方、なんらかの方法で熱的な挙動を抑えすぎると、スイッチ動作を引き起こすこと自体が難しくなる。したがって、室温環境下でナノスイッチを実現するには、「スイッチ素子を外部からの電流によってのみ安定に動作させる」という繊細なエネルギーバランスを如何に実現するかが鍵となる。そこで、ナノクラスターをナノスイッチとして動作させることを試みた。鉛原子から成るナノクラスターを個々の原子から組み立て、ナノクラスターを構成する原子数を単原子レベルで制御することで構造の安定性を精密に制御し、これにより室温で動作するナノスイッチを実現した。
原子操作によるナノクラスターの組立
Nature Communications 5 (2014) 4360



走査型プローブ顕微鏡を用いて、原子1つ1つを動かして、個々の原子からナノクラスターを組み立てる新しい原子操作の手法を発見した。実験には、応用上重要であるシリコンの表面を使った。シリコン表面は、周期的な表面構造を持ち、ナノ空間が周期的に配列しているとみなすことができる。この表面の上に原子を蒸着させると、単原子がナノ空間に閉じ込められて、拡散しているという状況が実現する。そのナノ空間の境界付近に、探針を近づけることによって、1つのナノ空間に閉じ込められている単原子を隣のナノ空間に移動させることができることを発見した。この原子操作の際に、探針にかかる相互作用力や、探針と表面の間に流れる電流を詳しく解析した結果、探針と単原子との間に働く化学結合力によって、ナノ空間をまたぐ原子移動が起こることが明らかになった。
2つの物体間の化学結合力と電流の普遍的関係性
Physical Review Letters 111 (2013) 106803 (Selected for Editors' suggestion)


 
 
 
 
化学結合力とトンネル電流は共に、2つの物体の原子間の電子雲の重なりにより生じ、この一見異なる2つの物理量についての同等性が、量子力学の基本問題として長く議論されていた。  そこで、2つの物体を接近させて、近接する2つの原子間に働く化学結合力とトンネル電流を精密に測定した。原子間力顕微鏡を使って、半導体であるシリコンに対して実験を行った。すると、トンネル電流は、化学結合力の二乗に比例するという、単純な関係性 があることがわかった。これは、量子力学で予測されていたにも関わらず、これまで検証されていなかった、世界で初めての実験結果である。この関係性は、エネルギーが等しい電子雲同士が重なり合った際に、量子力学から期待される関係であり、理論計算により、実験で用いた半導体では、確かにこの条件が成り立っていることを明らかにした。
探針先端の活性度と原子操作との関係
ACS Nano 8 (2013) 7370

これまで、探針に依存して、原子を効率的に動かせる場合と動かせない場合とがあることが知られており、原子操作を用いたナノデバイスの作製の効率化が阻まれていた。そこで、原子操作の効率が探針にどのように依存するのかを系統的に調べた。まず、様々な探針を用いて原子操作の実験を行い、原子移動の確率を計算し、次に、それぞれの探針と表面の原子との間に働く相互作用力を精密に測定した。その結果、探針を同じだけ対象の原子に近づけても、その原子を動かせる探針と動かせない探針があることが判明した。さらに、原子操作が行えるか否かと、相互作用力の大きさとの間に相関があることを発見した。具体的には、探針とシリコン原子との間の相互作用力の大きさが1.5 nN(1ナノニュートンは1ニュートンの10億分の1の大きさの力)よりも大きいときは、その原子を動かすことができるのに対し、1.5 nNよりも小さいときは、原子を動かせない。これらの結果と理論計算により、表面の原子を動かすためには、探針先端がより化学的に活性である必要があることがわかった。探針先端の修飾も含めた制御が効率的な原子操作に有効であることを示唆している。

Si表面上に成長させたCaF2薄膜におけるKPFM測定
Appl. Phys. Lett. 101 (2012) 083119

シリコン基板上に成長させたCaF2薄膜上でケルビンプローブフォース顕微鏡(KPFM)測定を行った。この表面は探針先端の極性によって、AFMで画像化されるイオンが入れ替わることが知られている。つまり、探針先端の極性が正の時は、Fイオンが画像化され、探針先端の極性が負の時は、Caイオンが画像化される。今回、凹凸のクロストークを避けるために、高さ一定モードで、AFMとKPFMの同時測定を行った。驚くべきことに、AFMと同様にKPFMでも探針先端の極性によってコントラストが反転した。つまり、KPFMは表面の局所電位を画像化するという標準的な解釈を否定する結果が得られた。イオン性の表面をKPFMで調べるときは、探針先端の極性にも注意を払う必要がある。
AFM/STMによる相互作用力とトンネル電流の同時3Dマッピング
J. Phys. Condensed Matter. 24 (2012) 084008

金属コートされたSiカンチレバーを用いて、周波数シフトと時間平均トンネル電流を同時に3次元マッピングした。表面のサイトに依存しない長距離力を利用することによって、室温環境下でもマッピング中の探針ー試料間距離を維持することができた。測定された量は、それぞれ相互作用力とトンネル電流に変換された。さらに、AFMにより探針ー試料間距離を制御することにより、高さ一定のCITS測定が可能になることも実証した。探針先端がシリコン原子で終端されていると考えると、実験をよく説明できることも分かった。
フォーススペクトロスコピーと第一原理計算による二酸化チタン表面のAFM画像化機構の解明
Phys. Rev. B 85 (2012) 125416

二酸化チタン表面 [TiO2(110)表面] をAFM観察すると、探針先端の状態によって、いくつかの異なる原子コントラストが得られることが知られている。主要な2つのコントラストに関し、正極性探針では表面のブリッジ酸素原子が画像化され、負極性探針ではチタン原子が画像化されると、イオン結合のモデルで説明されてきた。本研究では、探針との相互作用力を定量化するフォーススペクトロスコピーの実験と第一原理計算を行った。これにより、様々な探針ー試料間距離で測定されたAFM像を統一的に理解することができ、主要な2つのコントラストの起源が明らかになった。表面のブリッジ酸素原子が画像化される探針と、チタン原子が画像化される探針の2つでそれぞれフォーススペクトロスコピーを行った。すると、どちらの探針においても、表面の全てのサイトで短距離力が引力となり、単純なイオン結合のモデルでは説明できないことがわかった。理論計算によると、チタン原子が画像化される探針として、酸素原子で終端された探針モデルが実験のフォースカーブをよく説明した。そして、探針先端の酸素原子が水素で終端された探針モデル、すなわち水酸基のモデルが、酸素原子が画像化される探針によるフォースカーブをよく説明した。これは、実験中の探針先端の水素の着脱によって、コントラストが容易に変わることを示唆しており、実験結果をよく説明する。
ケルビンプローブフォース顕微鏡による二酸化チタン表面上の金ナノクラスターの電荷状態測定
Appl. Phys. Lett. 9 (2011) 123102

二酸化チタン表面上の金のナノクラスターは、一酸化炭素の酸化反応などに対して、高い触媒活性を示すことが知られている。金ナノクラスターと担体との間の電荷の移動が、触媒機構に関わっていることが過去の研究で示唆されている。そこで、原子レベルに清浄化された二酸化チタン表面上に金を蒸着し、2-3nmのサイズの金ナノクラスターを作製し、ケルビンプローブフォース顕微鏡によって、金ナノクラスターの電荷状態を調べた。その結果、金ナノクラスター上では、負の帯電を示す静電気力が働いていることがわかった。AFMの凹凸像測定と同時にケルビンプローブフォース測定すると、探針の上下移動に伴うアーティファクトが疑われるため、局所電位の探針ー試料間距離依存性も精密に測定した。この結果からも、金ナノクラスターが負に帯電している結果が得られた。二酸化チタン表面から金ナノクラスターへの電子の移動がおこっていると考えられる。
水晶カンチレバーを用いたAFM/STM測定
Appl. Phys. Express 4 (2011) 115201

Atomic force microscopy (AFM)とScanning tunneling microscopy (STM)は共に、鋭い探針で表面をスキャンすることによって、様々な表面の原子を観察・測定することができる重要な計測装置である。近年、AFMの性能向上に伴いAFMとSTMの同時測定が注目を集めている。同時測定により、同一探針を用いて、表面の同一原子の化学結合力、局所電位、局所状態密度などの多様な物性量を測定することができる。しかし、このAFM/STM同時測定には、次の2つの測定上の疑問があることが、広く知られていた。1. AFM測定のためには、カンチレバーを振動させる必要があるが、その際に測定されるトンネル電流(時間平均トンネル電流)が、STM単独で測定されるトンネル電流と同等であるのかどうか。2. AFMによって測った探針―表面間距離が同一であるにも関わらず、使う探針によって、トンネル電流が数桁も異なった値をとることがある。 本研究では、金属探針を水晶製カンチレバーに取り付けた新しいAFM/STM装置を用いて、2つの問題点を明らかにした。1. 測定されるトンネル電流は同等である。2. 探針先端に表面の原子が付着することによって、探針の導電性が著しく変化する。以上により、探針先端の処理さえ適切に行えば、AFM/STMによって、問題なく多様な物性計測が行えることが示された。
AFM/STMによる相互作用力とトンネル電流の同時測定
Appl. Phys. Lett. 94 (2009) 173117

金属コートされたSiカンチレバーを用いて、Si(111)-(7x7)表面上でAFMとSTMの同時測定を室温で行った。表面を高さ一定モードでスキャンし、周波数シフトと時間平均トンネル電流を同時に画像化した。また、Siアドアトム上に探針を固定し、周波数シフトと時間平均トンネル電流の探針ー試料間距離依存性を測定し、それらを相互作用力と最下点でのトンネル電流の物理量に数値的に変換した。過去の報告と同様トンネル電流の急落が観測され、今回はその急落が起こる際の探針ー試料間の相互作用力を見積もることができた。さらに、同じ探針で、STS測定を行い、スペクトルが過去のSTMで得られたものとよく一致することを確かめた。本技術により、表面の同一原子上で同一探針を用いて局所状態密度、探針との相互作用力を測定することができるようになった。
単原子ペンによるナノパターニング
Science 322 (2008) 413



AFMの探針を表面の目標の原子に精度よく近づけると、探針先端の1個の原子と表面の1個の原子とが交換する現象を発見し、この方法を「交換型垂直原子操作」と名付けた。これによって、探針先端の異種原子を表面へ高速で埋め込むことが可能になる。AFMでは、探針先端に作用する力を測ることができるため、探針を目標原子に近づける際、原子交換に伴う相互作用力の変化を検出することによって、原子交換現象を制御できた。実際、スズ(Sn)表面に探針先端から1つずつシリコン(Si)原子を埋め込むことによって、左図に示すように、シリコンの元素記号である「Si」という原子文字を埋め込んだSi原子を並べて作製した。探針先端に様々な原子を付着させることによって、様々な原子種を表面に埋め込むことができるため、半導体でのドーパント原子の精密な配置などへ応用することができる。
Force mapping による垂直力、水平力の測定
Phys. Rev. B 77 (2008) 195424

Si(111)-(7x7)表面で周波数シフトを二次元的にマッピングし、それを垂直力マップ、ポテンシャルマップ、水平力マップに数値的に変換した。そして、得られた垂直力のマップから、大振幅から小振幅まで様々な振動振幅における周波数シフトマップを導出した。これにより、振動振幅を小さくするにつれて、NC-AFM凹凸像における凹凸が劇的に増大することを見いだした。また、水平力マッピングの解析により水平力が0になる位置を同定し、測定が妥当であることを示した。さらに水平力マッピングから、動的水平力顕微鏡の周波数シフトのマップを数値的に導出して考察した。
2次共振モードにおけるForce spectroscopy
Appl. Phys. Lett. 91 (2007) 093120

カンチレバーを2次の共振モードで共振させて原子間力顕微鏡を動作させると、実効的に大きなバネ定数を持つことからカンチレバーを小振幅化することができる。しかし、これまで2次共振モードにおけるバネ定数が実験的に求められたことがない。そこで、カンチレバーを1次と2次の共振モードで振動させて、Force spectroscopyを行った。探針先端が同じであれば1次と2次とで同じ相互作用力が得られると考えられ、2次共振モードのバネ定数を求めることができた。また、小振幅でのForce spectroscopyの結果も示し、1次共振モードで用いられてきた周波数シフトと力の変換式の妥当性を検証した。
AFMを用いた元素識別
Nature 446 (2007) 64




原子間力顕微鏡を用いて探針と表面にある個々の原子との間に働く化学結合力を精密に測定することによって、それらの元素を同定する技術を開発した。同じ元素の化学結合力を測定しても探針先端の構造や組成が変われば様々な値をとることが明らかになったものの、同じ探針を用いて2種類の元素を比較すると、化学結合力の最大引力の比が探針に依らない不変量になることを発見した。これによって、表面の個々の原子の元素同定が可能になった。この元素同定法は、半導体デバイスのドーパント・不純物等の元素同定や多元素から成るナノデバイスを原子1つ1つから組み立てるボトムアップナノテクノロジーへ応用可能である。
Si(111)-(7x7)の原子操作とその機構の解明
Phys. Rev. Lett. 98 (2007) 106104



表面の空孔を利用して、Si原子の水平原子操作を室温環境下で行った。原子操作は、ベクトルスキャンによって行い、その際の探針の軌跡を記録した。その結果、Si原子は必ず準安定吸着サイトを経由して動くこと、探針との引力によって原子操作が起こること等が明らかになった。また、原子操作を行った時と同じ探針を用いて、Si原子上で化学結合力の測定を行った結果、比較的弱い引力で原子操作が行われることがわかり、熱エネルギーを利用した原子操作であることが分かった。
Si原子とSn原子上でのForce spectroscopy
Phys. Rev. B 73 (2006) 205329



Sn原子とSi原子が混在した表面において、NC-AFMの凹凸測定とForce spectroscopyを行った。第一原理計算との比較によって、探針ー試料間距離が比較的大きいときは、原子の空間的高さを反映したNC-AFM凹凸像が得られ、探針ー試料間距離が小さくなるにつれて、Sn原子とSi原子との間の緩和の仕方や相互作用力の変化の仕方の違いを反映して、NC-AFM凹凸像におけるSn原子とSi原子との高さの差が縮まっていくことが分かった。
アトムトラッキング法を用いた室温でのForce spectroscopy
Appl. Phys. Lett. 87 (2005) 173503

アトムトラッキング法をAFMに応用することによって、熱ドリフトが無視できない室温においても、単原子のForce spectroscopyが行える技術を開発した。この技術により、熱ドリフトの完全な補償と水平位置精度10 pmという高精度な探針の原子真上への位置合わせを実現した。それによって、複数回の周波数シフトカーブを再現性よく測定できるようになり、平均化により高いS/NでForce spectroscopyを行えるようになった。この技術が、原子操作に必要な力の測定や元素識別などの突破口になった。
AFMを用いた室温での原子操作・組立
Nature Materials 4 (2005) 156



表面に埋め込まれた異種原子の位置を探針によって、交換する新しい原子操作の方法である「交換型原子操作」の方法を発見した。この方法によって、Ge表面に埋め込まれたSn原子を用いて「Sn」という「原子埋め込み文字」を室温で作製した。Ge原子もSn原子も下地と強く共有結合しているので、このナノ構造は室温でも24時間以上安定である。この結果は、AFMを用いた初めての原子組立であり、今後、絶縁体表面でのナノデバイス作製につながると期待される。AFMがナノテクノロジーのツールとして高いポテンシャルを持つことを示した。